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長谷川秀一公旧居跡
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番号
12
名称
長谷川秀一公旧居跡
所在地
北方町北方字宮浦(北方中学校校門脇)
詳細1
織田信長の側近で数々の奉行職や検使などを務めた。天正10年(1582)、徳川家康一行は信長の本拠地安土を訪れた。秀一は接待を命じられ、上方見物の案内も務めた。しかし、堺滞在中に、信長が本能寺で襲われたため、家康らと伊賀越えで熱田まで逃れた。
詳細2
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